奈佐健臣連載『佇む朗読者日記』



奈佐健臣 ロウドクシャ


2017年9月17日
「怪談夜宴―幻想ノ夜―」大盛況のうち、終了しました。ご来場くださった皆様ありがとうございました‼
静まり返った、とてつもない緊張感がみなぎっ たお茶室。座布団に座る。怪談四話。ひとつひとつなりきるだけ。狩俣さんの音を聴く。語りだす。上からは別の自分が僕を見下ろしている。大丈夫。喉がひっつころうが、噛もうが、なんにも問題ない。すっかり、やりきった。
狩俣さん、また演りましょうね。東さん本当にありがとうございました。良き一日になりました。いつか百鬼園先生のお話も聞かせてください。


2017年9月11日
頭がふらふら。「星あかり」を作り直しています。役づくりです。ダメ出しの嵐です。
主人公は「横に倒れようかと思った」と言います。が、僕は、もう、前に倒れます。


2017年9月7日
今日は泉鏡花の命日です。
「外科室」「星あかり」を稽古した後、雑司が谷へ。鏡花さんのお墓は雨に けぶっていて、綺麗なお花がいっぱいで、お線香の匂いがたちこめていました。「夜釣」のお礼をして、怪談夜宴―幻想ノ夜「星あかり」と、鎌倉芸術祭「外科室」の成功をお願いしました。届きますように。


2017年9月3日
「怪談夜宴-百鬼ノ夜-」盛況のうちに終了致しました。ご来場くださった皆様ありがとうございました‼
泉鏡花は語り続けて行きたいと、あらためて感じた日になりました。明日から「星あかり」を怪談に仕上げていきます。
「幻想ノ夜」も恐怖につつまれますように。


2017年9月1日
いよいよ明日「怪談夜宴」の幕が上がります。楽しみと不安がのたくっております。
鰻ではなく、肉で精をつけました。皆さまのお越しをお待ちしております。


2017年8月28日
今日は 9月16日にご一緒する、フルート奏者、狩俣道夫さんとの初稽古でした。打ち合わせ無しのぶっつけ。しかし、十年前からの旧知のよう。気持ち良く流れて行きました。
9月2日は、本当に十年以上前から旧知の、かってしったる河崎純さん。2日と16日、全く違う「怪談夜宴」をお見せできそうです。こうご期待!


2017年8月21日
全生庵「幽霊画展」に行きました。
すると、月岡芳年氏の描いた「宿場女郎図 」に出会えました。
これが、鏑木清方氏の「幽霊の写生」に出てくる、梯子段の上から手招きをする女郎ではないかな?と僕たちは推測しているので、びっくりするやら、嬉しいやらでした。
早速帰って「幽霊の写生」を稽古。興奮さめやらず。こんな稽古もしてみるもんです。
でも、まだまだ清方さんには程遠く…。
この「幽霊画展」には94年ぶりに確認された、その鏑木清方氏の「茶を献ずるお菊さん」も展示してあります。綺麗でした。


2017年8月18日
「怪談夜宴」まであと二週間です。まだまだ話し言葉に苦しんでいます。鏑木清方氏「幽霊の写生」。
今、書きながら思いました。話す時の温度なのかもしれません。
うわっ。ちょっとうまく言えないような感じです。明日やってみます。


2017年8月12日
妙壽寺猿江別院「刺青」無事終了致しました。ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました‼
「怪談」でご一緒する東雅夫さんも、お忙しい中駆けつけてくださり、「食魔 谷崎潤一郎」を書かれた坂本葵さんも「刺青の枢」に続いて二度目のご来場でした。ありがとうございました。坂本さんとあまり話せなかったのが、ちょっぴり心残りです。
河崎さんお疲れさまでした。本番で自由になれる事ほど楽しいものはありませんね。
「怪談」に向けて、弾みになる公演になったと思います。


2017年8月9日
今日は妙壽寺で、灯りの仕込みと客席作り。絢爛な舞台になりそうです。「帯ひきしめて」臨みたいと思います。


2017年8月8日
昨日は河崎純さんと「刺青」の稽古でした。 2011年、生まれて初めて朗読をやったのが、この「刺青」。で、そのお相手が河崎純さんでした。だいぶ作り込んだ覚えがあります。 その後、「朗読者」が始まり、旧田中家住宅、薬林寺の公演と、少しでも良くなれと、稽古を重ねてきました。
8月10日、妙壽寺「刺青」6年目のひとつの集大成にしたいと思います。


2017年7月31日
うっかりしてましたが、昨日は大谷崎の命日でした。妙壽寺の「刺青」まであと10日。大事に仕上げて行きたいと思います。大汗になるのを覚悟で「刺青」の装束、橙色の振り袖で演じます。


2017年7月29日
7月中に全部の作品を覚えるという目標は儚くも崩れて…。 それでも今日は西荻窪と吉祥寺へリーフレット行脚。何軒か置いて頂きました。ありがとうございます。 北川原と一緒だったので、吉祥寺の昔よく通ったもつやきや「カッパ」へ。幸か不幸か席が二つ空いていたので、思わず座ってしまう。相変わらずの美味に25本も食べてしまいました。もちろん、お酒もたっぷり。 明日から仕切り直します。


2017年7月28日
今日はリーフレットを置いてもらいに、渋谷、神保町、表参道、赤坂、武蔵小山、自由が丘のブックカフェ、本屋さんへ。快く置いて頂きました。 ほとんどのお店が僕を覚えていてくださって、「やっぱり、語り手が足を運ぶのが印象的なのかな」なんて自惚れてみましたが、「何回も行ってるだけじゃん」と、反省しました。


2017年7月27日
用意された言葉を覚えて、日常の会話のように話すのは、本当に難しい。 鏑木清方氏の「幽霊の写生」は氏の話した内容を書き取ったものです。そのため、物語のように言葉は流れていかない。稽古のたびにつっかかります。 話し言葉に向き合うこと。そして挫けないこと。大きな課題のひとつです。


2017年7月25日
今日は土用の丑の日ということで「夜釣」の稽古に勤しみました。 五つの男の子と、四つの女の子の、兄妹が登場します。この二人がこの物語の肝だと、今は思っています。二人の言葉と行動に注意しながら進めています。たまには鰻をつまみに呑みたいものです。


2017年7月24日
今日は芥川龍之介の命日「河童忌」です。亡くなって90年。また、谷崎潤一郎の誕生日でもあります。思いを込めて「羅生門」「刺青」の稽古をしました。 ところが、「羅生門」は何ヵ月かぶりなので、しどろもどろ。芥川龍之介先生に「あの、それ、僕のなんだけど。」と、高い所から叱られた気がしました。 「朗読者」には、芥川龍之介。谷崎潤一郎。二人の処女作があります。ちょこっと自慢したい気分です。「文芸的な、余りに文芸的な」稽古の隙間に読みたいと思います。


2017年7月22日
「夜釣」を身体に落としこみながら「むじな」を覚え始めました。目の前にある膨大な資料と小説が読めません。


2017年7月18日
以前、谷崎潤一郎の「陰翳礼讚」を朗読者公演の演目として、覚えようとしました。 ところが、ひと月たっても1ページ も入らない。そこで根をあげてしまって、急遽「刺青」に変更させてもらいました。『災い転じて福となす』。今「刺青」は朗読者の宝物になっています。
8月10日。妙壽寺猿江別院。作曲、コントラバスは河崎純さん。久しぶりに二人で、その「刺青」を語ります。そしていつの日か「陰翳礼讚」を。 いや、今のままだと百年かかるかも。


2017年7月14日
いろんな言葉が舞い上がって攻撃してきます。防ぎきれません。


2017年7月11日
流山児★事務所の栗原茂さんが、急病で降板されたことを知りました。何度か共演させていただいております。一日も早いご快復をお祈り致します。
僕は一日中、稽古場(洗面所)で孤独な稽古を続けています。「夜釣、難しいぞ❗」女心には、やっぱり今日もたどり着けません。もう、のたうちまわっています。


2017年7月9日
毎日、朝と夜、猫の水をかえます。
朝ドライフードがなくなっていれば、足します。猫トイレが汚れていれば、綺麗にします。夜は缶詰めをひと缶, 食べさせます。もちろん、飼い主の義務です。が、何故か今日、「これは日直の仕事だ。」と、思ってしまいました。毎日、日直です。僕は二人暮らしですが……。


2017年7月8日
「夜釣」を女性の気分で話したらどうだろう?って思いついてしまったので、今日から取り組みました。が、いけません。なにがなんだかさっぱりです。声色を使う気もないし、しなを作る気もありません。そこで思いました。
やっぱり、そもそも、「女心」がわかっていないのが、致命的なのではないでしょうか。


2017年7月6日
ジムでインストラクターの方に、「姿勢が悪いんでどうしましょう?」と聞くと、さっそく鏡の前に連れていかれ、指導され、「はい!これが良い姿勢。かかとにほんの少し体重を乗せて腹筋に力をいれなさい。私は皆さんに腹筋50回4セット奨励しています。」女性のインストラクターは母のようでした。
すっくとした怪談でありますように。今は、すっくとして飲んでおります。


2017年7月2日
泉鏡花「夜釣」、初出時の表題は「鰻」でした。「夜釣」は所々改訂されいます。読み比べてみると、「夜釣」のほうがよっぽど怖い。
今も「鰻」を読み返してみました。が、不安な情景描写と、主人公の女房の不安心の募っていく様が、「夜釣」のほうがよっぽど怖い。
それに「夜釣」は、『これは、大工、大勝のおかみさんから聞いた話である。』と、いかにも百物語めいた始まりになっているのです。もしかしたら、鏡花はいつかの[怪談会]で話したのかもしれません。「夜釣」を語りたくなった所以です。


2017年6月29日
演目が決まりました。鏑木清方「幽霊の写生」小泉八雲「むじな」「葬られた秘密」泉鏡花「夜釣」「星あかり」。7月中に覚えて、お盆までには身体に落とし込みたいと思います。
全然関係のない話ですが、糠床を育ててます。今日は茄子がいい具合に漬かりました。明日はセロリがきっと食べ頃です。


2017年6月28日
昨日は旧田中家住宅で、朗読者始まって以来初めてのプロモーション撮影でした。
田中家の森を歩いてみたり、趣のある茶室で少し喋ってみたり。藪蚊に咬まれながらも楽しい撮影でした。
その後飲みながら、会長と重鎮に最高の怪談にしますので。と、言ってしまったので、最高の怪談にしたいと思います。


2017年6月25日
「朗読者・怪談」始動しました。その日に感じたことを書いていきたいと思います。
昨日、ジョンレノンのアルバムを久しぶりに聴きました。ハッとしました。とてもおこがましいのですが、ジョンの声には形がある!と 。
始めてその声を聴いてから40年。びっくりする発見に、今はすがりつきたいと思います。


2017年6月3日
川口市立アートギャラリーアトリア。星新一3本立て。盛況のうち終了しました。
お越しくださった皆様本当にありがとうございました‼楽しい公演になりました。
3年半前に撒いた花の種が、少しずつつぼみをつけてきているように感じます。
浅見さん、ありがとうございました。公演の終わりにお願いした「ミケランジェロ」素敵でした。また面白いことやりましょう!


2017年5月29日
久しぶりの朗読者日記です。星新一3本立てまであと5日。
先日、遠い昔にナレーションをやったNikonのCMを観ました。ナレーションを始めて4本目の仕事でした。決して上手とは言えないけれど、みなぎる力を感じました。忘れていたもの…。
次の「朗読者」で呼び覚ませます。


2017年04月12日
饗宴ロウドクシャ。

「最後の地球人」盛況のうち、幕を降ろすことが出来ました。ご来場くださった皆さま、本当にありがとうございました。50年前、先達が模索した、空間、劇、劇場、役者の存在価値。もう一度考え直そうと思いました。

「最後の地球人」を演り終えて。


2017年4月8日
「最後の地球人」今日は音楽を入れての最終稽古でした。ランタイム27分。1620秒。
「創造主」誕生までの、あっという間の、とてもとても長い時間です。
成功するも失敗するも己の責任です。覚悟して明日にのぞみます。


2017年4月7日
「最後の地球人」あさってです。今日は稽古場での最後の稽古。
お面を着けてる場面と、お面を外した場面の話しかたが、よく分からなくなり、ちょっと具合が悪くなりました。迷路です。明日、さ迷って見つけます。


2017年4月4日
隣の次元から話そうと思ったにもかかわらず、どうも、隣の次元の人間と、現在?の次元の人間が、同調する箇所が現れ、とっても困りました。そこで、ふと、お面を使ってやってみたらどうだろう?と、思いました。この発想は今日の大収穫です。何とぞ、この思いが枯れませんように。


2017年4月1日
「最後の地球人」まであと一週間。
ストレートな話し方は、この作品には合わないような気分がみなぎったので、探りました。星新一作品「脱出口」がヒントでした。隣の次元の世界から地球人を見てしゃべってみよう。含み笑いをしながら稽古を続けております。ちょっと居丈高な気分です。
演出からオーケーが出るかどうかはまったくわかりませんが。


2017年3月24日
山崎努さんの「俳優のノート」を読み返しました。僕にとってバイブルです。自分のやっている事が滞ったと感じたとき、この本を開きます。
朗読と言えども僕のやりたいことはお芝居です。そのために本番ではテキストを持ちません。
山崎さんはこの本でおっしゃっています。 「作品を観客に捧げること」。作家の方々が命を削って書かれた小説。偉そうですが、越えなければなりません。俳優が戯曲を越えようとするように。


2017年3月17日
「最後の地球人」は改行の多い小説です。
今日はそれをとても意識して稽古してみました。改行の間(ま)で跳んだり落としたり。テンポが変わってちょっと気分が良くなったりもしました。こっちの方向性(アハハッ)で進みます。
いよいよ「最後の地球人」始動です。


2017年3月11日
「最後の地球人」の台本を見ると、最初にドキュメントと書いてあります。多分ドキュメンタリーより格好いいと思って書いたのだと思います。
電子辞書を引いてみました。ドキュメント「記録」「文書」「文献」とあります。ドキュメンタリーを引いてみると「虚構によらず事実の記録に基ずく作品」とあります。なんか、自分のアホさかげんにがっかりしました。
「最後の地球人」はドキュメンタリーを目指します。


2017年3月10日
饗宴ロウドクシャ「最後の地球人」までひと月です。
昨年の朗読者IN KAWAGUCHIで大恥をかいた作品です。言葉が頭の中に戻って来たので、慎重に身体に落としております。机の上には星新一氏関連の本が積みあがっています。まずはその作家さんの大ファンになる事。それが僕には大事。
なんか久しぶりなので硬い言葉になってしまいました。


2017年1月30日
「外科室」。幽玄の世界の中、静かに幕が降りました。
開演前の静まり返った客席。すずちゃんがフルートを吹き始めると、薬林寺の御本堂に緊張感が漂いました。ひっそりとした舞台に向かう時、僕は思いのほか平生でした。演じてるあいだ、ずっと自分の発した声を聞いていました。いままでになかった経験です。演出、灯り、フルート、声。すべてが調和していました。
調和。綺麗な言葉です。


2017年1月9日
今日はチラシを置いて頂きに、神保町、武蔵小山、自由が丘、学芸大学、下北沢と古本屋さんや、ブックカフェを行脚しました。立ち寄ったすべてのお店が置いてくださいました。本当にありがとうございました。 
「外科室」は(下)の商人の若者の二人のキャラクターを、今度こそきっちり作れれば、良いものになりそうな予感がします。鏡花が彼らをどういう想いで書いたか、今一度考えてみます。


2017年1月2日
あけましておめでとうございます。
昨夜は前後不覚の酔っぱらい。当然今日は使い物にならない腑抜けたものに。それでも午後には急に焦りだして、1月29日の「外科室」に向け、覚え直し始めました。
昨年12月29日に根津甚八さんが亡くなられました。彼に憧れ状況劇場の門を叩いた僕です。悲しく寂しいです。
いつか、あなたに追いつき追い越せたらと思います。

2016年12月31日
大晦日(おおつごもり)です。
発声の訓練で外郎売りをやります。そこにこの言葉が出てきます。(おおみそか)ではなく(おおつごもり)です。ちょっといい気分です。
明日は元朝です。
これも外郎売りに出てきます。(がんたん)ではなく(がんちょう)です。ちょっといい気分です。すみません。知ったかぶりで今年を終わりたいと思います。


2016年12月21日
今日、「針がとぶ」の映像を観ました。悪くないんだけれども、深くない。
「今までやってきたことを、なぞるな」自分に言い聞かせました。


2016年12月16日
「針がとぶ」の本番中の心の流れを、たくさん分析してみました!結局、気持ちが少女で作れた?やれた?ことが一番なのかもしれません。


2016年12月12日
今日、猫が12才になりました。中華料理屋の隣にあったペットショップで、売れ残ってた仔でした。ラーメンを食べた帰りにいつも見てました。生まれて半年になったとき、これはもう、誰も連れて帰らないだろと思い、思い切って連れて帰りました。まあまあの金額だったと思います。
でも、いま幸せそうに暮らしてくれてるのを見ると、僕も幸せな気持ちになります。分析はまだできてません。


2016年12月11日
「針がとぶ」盛況のうち無事終了しました。ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました!
本番中、僕は音と灯りとに包まれ、お客さんにも包まれ、良い時間を過ごしていました。
心が流れている。そんなことを感じられる時間でした。いままで経験したことのない時間でした。ちょっと分析してみます。


2016年12月9日
今日は旧田中家住宅での通し稽古でした。まずまずの出来。気持ちの整理をしつつ、明日の朝の通し稽古で修正します。「今、目の前にある作品がこれまでの最高傑作であれ」と、考えます。
明日、旧田中家住宅、足を運んでみてください。


2016年12月6日
伯母さんの言葉が頭の中を回ります。今日あたり、巡る因果となって夢に現れそうです。


2016年12月4日
伯母さん見つからず四苦八苦です。伯母さんが詩人だからといって、リルケやランボーの詩集を慌てて読んだところで、なんともはや。いや、面白くてちょっと読み込んでしまいました。
芥川龍之介の言葉「人生は一行のボオドレエルに若かない」も捜し出しました。僕は多分ピンチなのだろうと思われます。


  2016年12月1日
「針がとぶ」本番まで10日を切り、今日、北川原から「伯母さんの喋り方を工夫してみたら」というアドバイス。「伯母さんが詩人であるということ。詩人としての世界の見方、人とは少し違う尺度で世界を見ている。と、思われる声、口調、癖を考えて」。
考えてみましたが、それはそう簡単には現れず。本番当日まで苦しみそうです。乳搾りです。


2016年11月30日
今日はなんとなく忙しさに追われ、何もできませんでした。お相撲さんは、稽古の貯金がなければいけないといいます。それは「稽古しろ!」ということだと思います。僕は今日、貯金を全部降ろしてしまいました。


2016年11月29日
今日は「間」を捜しながらやってみました。
「針がとぶ」は淡々と語られていく悲しい物語。「間」をうまくつくれば、深い物語を語れそうな気がします。
桂歌丸さんが何かに書いていらっしゃいました。
『落語家の教えは、自分の「間」を早くこしらえること』。
僕も自分の「間」を早くこしらえます。


2016年11月24日
小説「針がとぶ」は七つの物語からなる短編集で、それぞれのお話が登場人物、あるいはエピソードで繋がっています。伯母さんの昔の恋人であろうと思える人物の登場する一編もあります。そこで彼は伯母さんの声についてこう言います。
『彼女の声はいつも穏やかで、それでいてとても強く潔い感じがあった』
今のところ、伯母さんの役柄を作る上での僕の命綱になっています。


2016年11月22日
今日は稽古場での稽古。伯母さんの性格浮上せず。思えば登場人物は女性ばかり3人。女性3人を作り分けるのかと、今更ながら愕然となる。
本番まであと18日。6日で一人つくればいい!と、ワケノワカラナイことを考え始める。今一度冷静になります。


2016年11月21日
ホワイトアルバム。中学二年生の頃、英国盤を買いました。
中学生には命がけの買い物だったと思います。みんながビートルズでした。買えないLPは借りたり貸したり。でも、ホワイトアルバムだけは絶対に誰にも触らせませんでした。ここには、彼ら4人の自由が詰まっている。子供心にでもそう思っていました。
いや、それは錯覚で、そう思ってたように今思ったのかもしれません。
「針がとぶ」。もう一度、ホワイトアルバムに針をおろしたくなる小説です。


2016年11月17日
希薄な役作り。乱暴な読み。無秩序な間。働きの鈍い頭。足りてない心。「針がとぶ」今の現状です。
今日「羅生門」を半年ぶりくらいに空でやってみました。すらすらすらすら言葉が出てきて自分も驚く程。再演を重ね、そのたび毎に真剣に稽古をしてきたからだろうと思います。
「針がとぶ」稽古です。稽古を積めば、役作りも、読みも、間も、頭も、心も、自在になるはずです。


2016年11月16日
「針がとぶ」にはビートルズのホワイトアルバムが登場します。これで「針がとぶ」の意味が分かって頂けると思います。決して向こうから針が飛んでくるのではありません。あしからず。


2016年11月11日
「針がとぶ」。伯母さんの役作りが決め手です。
「羅生門」で、下人の立場からではなく、老婆の側から読んだとき、目の前がスーッと開いたような感じがしたのを思い出しました。ユイちゃんの一人称の物語ですが、しばらく伯母さんの立場で読み進めてみようと考えました。
印象的な伯母さんの言葉があります。「だって、あなたくらいなものよ」「ほんとに血がつながってると思えるのは」これがこの小説の中の、生きている伯母さんの最後の言葉です。僕はこれに向かいます。なにかが現れるかもしれません。


2016年11月9日 
「針がとぶ」。吉田篤弘さんの承諾を得て12月10日、旧田中家住宅洋間決定です。亡くなった伯母さんへの想いを綴った女の子の、一人称の小説です。
僕にも大好きな叔母がいます。小学三年生のときに嫁いで行きました。あの時の寂しさとリンクさせることができたらと、思います。そうしてそうして、今回こそは役作りをきっちりしながら、躰に落とし込みたいと思います。


2016年10月30日  
鎌倉芸術祭「鏡花語り清方描く ふたりの鎌倉物語」盛況のうち終了しました。
観に来てくださった皆さま、本当にありがとうございました!いい一日になりました。「星あかり」という財産がまた一つ増えました。
しかししかし、今週は饗宴ロウドクシャ「となりの百鬼園」が待ち受けています。「件」大急ぎで覚えなおして、できることなら、作り替えたいと思います。
間に合いますように。


2016年10月28日 
いよいよ明日、鎌倉極楽寺客殿「星あかり」13時30分幕があがります。強い心と集中力が物を言う作品です。どんな「自分」が誕生したか…。確かめにきてください。


2016年10月15日 
「星あかり」なんとなく入ったみたいです。ここからは、ひたすら身体に落とし込みます。鎌倉に暮らした鏡花にどこまでたどり着けるか、なりきれるか、楽しい作業の毎日(今のところは…)です。
明日、阿佐ヶ谷の怪しい邸宅で、「人牛パーティー」という怪しい催しが開かれます。僕はご飯を食べてすぐ寝てしまった為に、牛になった男の子の話を読みます。お時間あれば是非!あ、ドレスコードは「牛」だそうです。


2016年10月12日  
「星あかり」残り3ページ、最初の8行、鏡花は急に冷静になっています。
これに戸惑う。それまでは気も狂わんばかりになっているのにです。それこそ、この8行の冷静な分析がこの小説の肝で、到達点も変わるのかもしれません。
今日はそう考えました。


2016年10月9日 
「星あかり」の主人公の心はうねる。心は同じ場所に留まらない。一分一秒心は動き続ける。言葉一つ一つ喜怒哀楽が含まれている。
なんか、今日になってやっと気づきました。やっと、出発です。


2016年10月8日 
「外科室」はターニングポイント。それは確かでした。
「星新一作品」も、「星あかり」も、試されてる感じがします。「最後の地球人」はどうしてもやり切れませんでした。
「星あかり」は逃げ場のないモノローグ。泉鏡花の命の言葉です。どっぷり試してもらおうと思います。


2016年10月3日 
早いもので、昨年の10月「佇むひと」「羅生門・蜘蛛の糸」「月の船」の三連続公演から、もう一年です。自分がどれだけ進歩退歩したかはわかりませんが、今年も同じ苦しみと楽しさを味わっているようです。
今日は鎌倉から長谷へチラシを持ってぶらぶら。沢山のお店が置いてくださいました。ありがとうございました。少しでも反響のあることを願います。
当然帰り道はお酒の飲めるお店に入ってしまったので、今日の稽古はお休みです。


2016年9月29日 
11月5日、饗宴ロウドクシャのタイトルが決まりました。
「となりの百鬼園」百閒先生のもう一つの雅号を使わせて頂きました。都市ボーイズの参加で盛り上がること請け合いです。
「星あかり」身体に落とし込めば、凄いものになる予感あり。あと1ヶ月、死に物狂いです!


2016年9月24日 
昨日は鎌倉の淨智寺で鎌倉芸術祭のレセプションパーティーでした。
朗読者実行委員会会長の見事なご挨拶。やらねば!
「星あかり」は会話の一切ない一人称の小説です。不思議と怪奇に満ちた、泉鏡花の自伝的作品です。
究極な一人の人物を作り上げたいと思います!


2016年9月20日 
「ボッコちゃん」無事?終了致しました。暖かいお客様方ありがとうございました。僕は舞台上で火達磨になった気分でした。言葉はとちるし、変な間はあけるし、あげくのはてに言葉が出てこず、浅見さんの譜面台まで台本を見に行くという、醜態をさらしてしまいました。反省ばかりの一日でした。長い一日でした。
あと39日で、鎌倉です。捲土重来で「星あかり」に挑みたいと思います。


2016年9月8日 
星新一作品、何がうまくいかないのか。ここにおいて、それも十日前に、やっと、やっと、気がつきました。
「おーい でてこーい」「ボッコちゃん」。この二つの作品の決着をきっちりつけないまま、「最後の地球人」に臨んだことです。だからどの作品も、中途半端な状態をふらふらさまよっているのです。
あの強力な文語体の「外科室」より苦しいと、誰にも言えなかった謎がようやく解けました。さて急ぎましょうか!


2016年9月7日 
気がついてみると、台本はボロボロで、僕の頭の中はホロホロでした。


2016年9月1日 
昨日は浅見さんとの二度目の稽古でした。
まだまだ模索の状態。次の稽古まで一週間。なんとかしなくてはと、今までにない危機感、責任感を感じました。
あと、18回しか寝られません。


2016年8月30日 
「件」の次の日、「怪しい読書会」というものが、阿佐ヶ谷のある邸宅で行われました。百閒先生のお墓参りの後、その邸宅で「冥途」の朗読を聴き、怪しいカレーを食し、怪しい本を紹介しあうという、饗宴ロウドクシャのメンバーの怪しい企画。
僕は残念ながら、別件の仕事があって、録音という形で参加させてもらいました。
遅れて駆けつけると、そこにいた大勢の怪しい人々に吃驚仰天。
とても楽しい一日でした。次は参加してみてください。


2016年8月29日 
8月27日、「件」盛況のうちに終えることができました。
観に来てくださったお父様方お母様方、そして子供達、本当にありがとうございました!皆さんが描いてくれた件の絵、大切にしたいと思います。そして、水谷冬妃さんの妖怪のお姉さんっぷりも、なかなかのものでした。そのうち職業として成り立たせてください。
僕はと言えば……。
終わった時点では、まずまず。と思いました。二日たって考えれば、結局おととしの「件」を超えることはできませんでした。場所とか環境とか関係なく、超えることはできませんでした。やることは山ほどあります。
もっともっと「朗読者」を好きになる。ということです。


2016年8月24日
なんとなくいろんなことが切羽詰まってきている今日このごろですが、奈佐は如何がお過ごしですか?たまに優先順位がわからなくなりパニックになられると聞きました。落ちついてください。目の前のことを一つずつ一つずつ、ですよ。
まずは土曜日の「件」ですからね。語るだけでなく、子供達に何を話すかもちゃんと考えておかないと、また「あ~う~」になってしまいますよ。星新一は、またその後苦しみなさい。そしてまたその後、泉鏡花「星あかり」、苦しみなさい。
私にできることは何もありません。高いところから見守るばかりです。いいですね!思う存分苦しみなさい。


2016年8月19日
今日は「件」を子供達が目の前にいる想定でやってみました。ニコニコして見てくれているように想定してやってみました。
……3、4年生は強敵だと聞いているので……。「何やってんだあいつ」「もう帰ろうっかなっ」とか言われないよう、頑張りたいと思います。


2016年8月18日 
なかなか身体に落ちない星新一作品。起承転結。結はわかるけれども、起承転が自分の中でなってない。明日からはこれです。


2016年8月17日 
今日は稽古場での一人稽古でした。
軟弱な喉を鍛えるため、まず外郎売りを三回。「件」を二回通した後、「羅生門」「刺青」を一回ずつ。そしてまた「件」。今日は敢えて星新一作品を寝かせてみました。明日、熟成していることを期待します!
……まあ、多分ただのお寝坊さんだとは思いますが……。


2016年8月16日 
昨日はブルースハープの浅見安二郎さんと星新一初稽古でした。と言っても、ほとんど浅見さんのハーモニカを聴いてただけです。それでも、プランはなんとなく決まり、あとは曲をより吟味しようというところまで漕ぎ着けました。
「やっぱり楽しいですね」
と言って、浅見さんは帰って行かれました。
僕はまったく稽古できなかったのと、まったく言葉が入らないのとの二重苦に、のたうち回っております。


2016年8月12日 
今日は久しぶりに稽古場での稽古。初心忘るべからず。発声から始めました。
「外郎売」30分。その他もろもろ15分。あっという間に声は嗄れました。どうも軟弱な喉になっています。
初心忘るべからず!世阿弥の言葉は、重い。


2016年8月4日
ひゃっけん先生「件」進まず、星新一「おーいでてこーい」「ボッコちゃん」いいかげんなり。いと、わが人生、厳しきなり。
泉鏡花「星あかり」待ちうけたり。されどここにおいてや、ただ、根性。意地。負けず嫌い。それらにつきては、我ながら強かれとぞ、思うをや。
しかして、この文章、大いに大いに間違いと思いつつ、ここに記せしなり。


2016年7月10日 9月19日の西川口の並木公民館。
星新一短編集『ボッコちゃん』から三編「おーいでてこーい」「ボッコちゃん」「最後の地球人」に決定しました。
星新一氏の資料を徹底的に集め、読んでいます。中学生のとき、星新一さんのショートショートを、寝る前に一編だけ読んでた時期があります。だから、ちょびっと嬉しい感もあります。
また、思いついたり、感じたことがあったら書いていこうと思います。作品を覚える始めるときには、すでにその作家の大ファンになっているのに気づきます。


2016年7月3日
少し前、参代目彫りよしさんから、お手紙と色紙四枚が届きました。色紙には各々、「情 」「思」「誠」「心」という言葉がサインと共に書かれています。
先日、饗宴ロウドクシャのオリジナルメンバー4人と、参代目彫りよしさんのドキュメンタリーを撮影されているディレクターの方とちょっと一杯。その折、参代目にはとても不謹慎な所業かと思われますが、メンバー4人、じゃんけんで好きな言葉を奪い合いました。
快飛行家スミスには、「心」と「思」。参代目彫りよしさんの、ふたつの『こころ』が、届きました。


2016年6月19日
泉鏡花の言葉の世界にどっぷりと浸ることができました。また貴重な一日となりました。ご来場くださった皆さまありがとうございました。『朗読者』はもっともっと成長していきます。
すずちゃん、お疲れさまでした。「外科室」のミュージシャンは、あなたです。


2016年6月18日
明日はいよいよ、「外科室」本番です。
昨日は薬林寺の御本堂で舞台稽古。面白いものになりそうな予感がします。
いまは、興奮と緊張で震えています。「外科室」、朗読者のターニングポイントとなる作品になります。
是非ご来場ください。


2016年6月10日
その猫は朝、僕の起きる気配がすると、洗面所の前で待機しています。僕の一日は、その猫の毛を洗面所の密室の中で漉くことから始まります。僕はそこで「蜘蛛の糸」を猫に読み聞かせます。もう500回くらい聞かせてると思います。もう少ししたら「ある日のことでございます」と喋りだすんじゃないかという、妄想まで生まれます。「外科室」危機を迎えながら……。


2016年6月5日 
「隠す美学は魅せる美学」彫よしさんは、言いました。
昨日の饗宴ロウドクシャ。貴重な一日となりました。この言葉を、違う立場の人間として肝に命じたいと思いました。ご来場くださった皆さまありがとうございました。
参代目ありがとうございました。これからも宜しくお願い致します。


  2016年6月3日 
明日はいよいよ饗宴ロウドクシャ「刺青の枢」です。
摩訶不思議な時間が流れそうな予感がします。
人生の貴重な3時間になりそうな予感もします。


2016年5月26日 
明日は寿珠ちゃんとの二回目の稽古。腑抜けになっていたので、僕の中には一切の進歩はありません。明日の朝、何時間かで何か見つけられるか…。いやいや、そんなムシのいい話は、あった試しがないなあ~。


2016年5月23日
なんか、腑抜けてます。


2016年5月22日 
鎌倉「刺青」無事終えることができました。
お客さんが40分の間、本当に集中して観てくださってました。もっともっと自由なれると思いました。
あと2週間、6月4日の「刺青の枢」。自由でありたいと思います。
北鎌倉の駅前にある、《侘助》という古い渋い飲み屋で実行委員のひと達と打ち上げと打ち合わせ。これからの面白そうな展開に、僕の言葉を覚える回路は、ショート寸前です。


2016年5月20日 
今日、一回目の「外科室」の稽古。フルートの寿珠ちゃんはしっかり者。ずいぶんダメ出しを頂きました。がんばります。
明日はいよいよ、鎌倉ツドイ「刺青」です。色っぽく、芳烈絢爛に演じたいと思います。衣装メークで北鎌倉の駅前でチラシを配るかもしれません。……もちろん、余裕があればですが……。


2016年5月17日
「刺青」、なんとか新しい発見はないものかと籠もっております。今日もなんとなく見つかりません。いままでの「刺青」を捨てる勇気を持てるかどうかです。
あと、四回しか眠れません。


2016年5月13日の金曜日
昨日は渡部寿珠ちゃん用に「外科室」の録音。テキストを見ながらの録音、全然ダイナミックになりません。覚えてやる意味がまた一つ、分かったように思います。
今日は鎌倉小町通りと長谷のまちをチラシを持ってぶらぶら。置いてくださったお店のかた、ありがとうございました。夕方は、Nさんと新しい展開の打ち合わせ。なので、今日は「外科室」も「刺青」もお休みです。焦りますね。


2016年5月11日
昨夜はフルート奏者の渡部寿珠ちゃんと、道玄坂「森の図書室」で「外科室」初めての打ち合わせでした。酒が飲める図書室なんて夢のようです。
彼女は『物語の最初と終わりを音楽で綴じたい。カプセルに閉じ込めるようにして』と言いました。綺麗な物語ができそうな予感です。


2016年5月9日
昨日は「外科室」の舞台、小石川なる植物園を散策。
ああ、森でした。
藤は終わっていて、彼処なる躑躅の丘にも上れず、かの樟の大樹にも、お目にかかれず…。それでも、イメージは掴めたかと。
泉鏡花は小石川植物園で美しい女(ひと)を見てこれを書いたと、何かに書いてました。
その後、雑司ヶ谷の泉鏡花のお墓参り。墓碑には「鏡花 泉鏡太郎」とありました。良いものが出来ますように。


2016年5月7日
今日は朝5時半に起きたので『朗読者』の日にしました。
「蜘蛛の糸」一回「羅生門」一回「件」二回「外科室」二回「外科室(下)」二回。その合間に、ピーター・ブルックの「秘密は何もない」を読み進める。「刺青」一回「夜、あおむけにされて」一回。「刺青」黙読。稽古場に移動して、「外科室」一回「外科室(下)」四回「刺青」一回半「刺青(テキスト見ながら)」一回。ああ、ちと、疲れました。


2016年5月6日 
今日は1日「外科室」三昧。やっぱりまだまだ(下)が不安です。
「外科室」を始めてから体重が2キロ減りました。以前、ボイスセンターの先生に「これ以上痩せないでくださいね。声帯も痩せていきますから」と言われたのを思い出し、どうなることやらと声を呑みました。


2016年5月4日
「外科室」1回通しました。(下)がまだまだ滑らかに行きません。反復あるのみです。
今日は個人的に「刺青」の特訓。なぞらないように、なぞらないように、できれば新しい発見がありますように。今日は、そんな思いです。


  2016年5月3日
「外科室」なんとなく入りました。
「件」を楽しんだり、さぼった日も何日かあって、覚え始めてから2ヶ月以上かかりました。それでも頭からラストまで通せたときは、我ながら感激しました。
あとひと月、なんとか役作りに漕ぎ着けました。ここからは丁寧に丁寧にです。
IN KAMAKURAの「刺青」、おかっぱちゃんハウスの参代目彫よし氏を迎えての「刺青の枢」。この2つの大成功が「外科室」の戸をすらすらと開けてくれると、強く思いました。


2016年4月25日
朗読者in KAMKURA が決まりました。
5月21日、円覚寺沸日庵別院ツドイおいて、谷崎潤一郎「刺青」です。
『再演の強さを観せなくては』と、心に熱く思いながらも、日々「外科室」の言葉の恐怖におののいております。
一日一つずつです。


2016年4月6日
「外科室」で自分が変われるかと、探す。
いままで、もちろん、自分の変化はあったけれども、この作品で圧倒的な変化を観せたい、見たい。
努力、一所懸命、底力、違う。赤ん坊に帰ろう。ぽっかり羊水に浮かんだ赤ん坊に。
「外科室」一番の物にしたいです。


20016年4月3日
東福寺「土方巽 しずかな家Ⅱ」その「件」無事終了しました。
朝から凄い緊張で、お昼ご飯も喉を通らず、寒いのやらなんやらぶるぶる震えていました。本番30分前客入れの段階で、心の余裕のないまま板つきました。ちょびっとパニックになりかけているとき、共演の河崎純さんのコントラバスが聞こえきました。それを聞いているうちに、なんだかとても気分が良くなり、いつの間にか身体を揺らしていました。そして楽しい「件」になりました。
パニックからリラックス。数分で心と身体が変化する。貴重な体験でした。
大切に。


2016年4月1日エイプリルフール
明日いよいよ、黄金町東福寺「件」本番です!
今日は稽古場で五回通しました。声のかすれ感を今楽しんでいます。
ゲネ無しの本番になりそうです。そのスリルも味方にしてしまいましょう!
美味しいお酒が飲めますように。


2016年3月28日
昨日は東福寺の境内で「件」のリハーサルでした。
「自分の影と芝居すれば」と、北川原の提案がでました。それはそれは面白そうです。スリル満点のぶっつけ本番です。
でも曇ったら困るなあ。本番中に急に曇っても困るなあ。
それよりそれより、雨が降ったら中止です。それが一番、困るなあ。


2016年3月22日
件が何万人という人々に取り巻かれる恐怖。これが全く足りてないということに、気づきました。
件を取り囲む人垣が段々狭くなっていきます。
その人垣がお客さんの目に映るまで、作り込まなければと、思います。


2016年3月19日
猫が僕の椅子に寝ています。
羨ましいくらい気持ち良さそうです。撫でると伸びをして。もうこれは、お前の椅子なのか!?僕はこの椅子に座らないと言葉を覚えられません。早くどきなさい。でも、かわいそうなので隣の椅子に座って猫を見ています。
今日は一行も入りそうもありません。


2016年3月18日
今日は稽古場での稽古。「佇むひと」「針がとぶ」一回ずつ反復。
「針がとぶ」は相変わらずヤバイ感じです。
「件」は二回通しましたが、後ろの三ページが駄目です。きっと、言葉と気持ちが噛み合ってないのだろうと思います。何か変な感じです。下手なステップを踏んでる感じです。(ステップなんて踏めませんが)
明日からは、この三ページ、スピードをグンと落として、気持ちだけを丁寧にやろうと思います。
いい言葉と出逢いました。捲土重来〔ケンドチョウライ〕意味は、一度敗れた者が勢力をつけて、再び攻め返すこと。です!


2016年3月16日
昨日は稽古場での稽古でした。「件」をがむしゃらに四回通しました。
なんとなく、がさつな自分が嫌になり、今日は丁寧に読みました。間違って覚えてる所を修正。
もう一度ちゃんとテキストに戻るのも大事。
「外科室」やっと7ページあたりまで来て四苦八苦です。


2016年3月13日
今日は黄金町赤門東福寺の下見に。綺麗なお寺です。「件」で決定しました。野外で「件」ちょっとわくわくしています。
「外科室」は三ページ、ちょっと躓きながらも、なんとなく。


2016年3月12日
今日も稽古場での稽古でした。「件」をむりぐり4回通しました。
件を取り巻いている人々の喋り方をもう少し工夫すれば、楽しいものになりそうです。新しい発見をして行かなければ前回の「件」は到底超えられません。
「外科室」のことは、ちょっと置いときます。


2016年3月11日
今日は久しぶりに稽古場での稽古でした。
限られた時間を新しい作品に使うべき所、一時間あまりかけて、「佇むひと」と昨年の暮れにやった「針がとぶ」の稽古。「佇むひと」は問題なし。もちろん、個人的な思い込みですが…。「針がとぶ」の言葉は、雪解けの水のように、僕の知らない所へ、ちろちろと流れて行ってしまいました。時間を作って稽古しなければ。「件」はなんとか言葉が入ったので、これから役作り。「外科室」は今日も僕を寄せつけません。
なんだか、つまらない報告書みたいになりました。


2016年3月8日
二日ほど遅れましたが「件」朧気ながら入りました。これから役作りです。東福寺で「件」をやらなくても後々の為に…。
そうして、それと平行して、強敵「外科室」です。今日五日ぶりにやってみました。ニページは大丈夫でした。あはは、超低いレベルですね。


2016年3月5日
今日は朝から「件」「件」「件」「件」「件」。覚えるというより、思い出すという感覚で、なんとか半分まで来ました。一昨年より面白い役作りが出来そうな気がします。(もちろん、勝手な思い込みですが)
弊衣破帽という言葉があります。「件」でいくことになれば、そんな衣装でやってみるのも面白いかなと思います。
もちろん、これも勝手な思い込みですが。


2016年3月4日
昨日の鎌倉では円覚寺に限らず、様々な動きが出来そうなことが確認できました。いい一日でした。 
4月2日に横浜の東福寺で行われる「土方巽 1960 しずかな家Ⅱ」という企画に参加することになり、vol4でやった内田百閒先生の「件」もやれるようにと、すっかり忘れている物語を覚え直し始めました。そこで三日程「外科室」の読み込みはお休みです。
「早く『外科室』覚えないと稽古出来ないじゃない」と、再三再四北川原にせっつかれないよう、三日間でなんとかするよう頑張る所存であります。
寝られないな、これは。

寝ますけどね。


2016年3月2日
「外科室」二行しか進まず、おもわず佇んでしまいました。
もうそろそろ会話が始まります。貴船伯爵夫人のキャラクター作りは重要なのはもちろんのこと、高峰医学士を始め8名のキャラクターを作り上げなければなりません。一日二行なんてもっての他です。やることの多い、難しい小説です。これを書きながら肝に銘じました。
でも、やるべきことをやって、なんかつまらなかったね。と言われるような、二束三文の作品にならないよう、これも肝に銘じます。
明日は鎌倉円覚寺に「朗読者 in KAMAKURA」の交渉に向かいます!いざ、鎌倉!


2016年3月1日
今日は朝から「外科室」とにらめっこ。
なんとなく2ページ半を、うろ覚えながら何度か繰り返しました。走り込み不足なのか、一回やるとへろへろです。まだ文語体に対する体力がついていないのでしょう。 
物語は、医科大学の学生と貴族の令嬢との、植物園での出逢いから9年後の、外科室での手術の場面から始まります。伯爵夫人になった彼女も、夫である伯爵も、医学士高峰も、誰一人、三人ひとりひとりの心を知らない三角関係です。
僕が最後にたどり着こうとするところは、今のところそこだと思います。


2016年2月閏日
午後、「外科室」を睨んで過ごしました。
新しい段落を覚えると前の段落が心許なくなります。今までにない不可思議な現象です。
ちょっと危機感を覚えた午後でした。


2016年2月28日
泉鏡花「外科室」2016年6月19日。瑠璃山薬林寺決定しました。
やっと真剣に立ち向かえそうです。それでも覚えるのには長い時間が必要そうです。
珍しく覚える苦痛はありません。今のところなんとか1ページ半。
覚えただけで、身体の中に染み込んでいくのかという不安はとりあえず考えないことに。


2016年2月4日
今年の6月に公演予定の「外科室」について、気がついた事や考えた事や思った事を書けるだけ書こうと思います。 
まずは、覚えます。強敵、文語体。文庫本で25ページ。(下)の若者の会話なんかチンプンカンプン。まずは、小説を理解する事から始めました。
覚えるのに真面目にやっても3ヶ月はかかりそうです。ちょびっと心配です。
今日は、KAFのフロント解体でした。KAFでは7作品50ステージやらせて頂きました。 夕暮れ前スペースゼロがあった場所で、朗読者volゼロ「夜、あおむけにされて」を口ずさみました。
少しお別れができたかな。


2015年11月6日
ものすごく遅い報告です。
「月の船」終了しました。まずまず良いものができたと思っております。
応援してくださった皆様、スタッフの皆様、そして、ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました!
今、行き場がないほど腑抜けになっています。 
来年は「朗読者」新作からスタートです!いえ、今年中に一つやりたいことが…。
決まればお知らせ致します。


2015年10月12日
サイタマミューズフォーラム「羅生門」「蜘蛛の糸」無事に幕を閉じることができました。
ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。 
僕はまた、芥川の言葉の海に漂ってました。
篠田さんお疲れさまでした。 11月、また再演できることを願って! 
今日からは「月の船」全速前進です。


2015年10月7日
こんなに一日が短いのは久しぶりです。今は夜です。さっきまでは朝でした。 
「月の船」の稽古は時間が飛んで行きます。
 明日は「羅生門」「蜘蛛の糸」の稽古です。 もちろん「月の船」の稽古もします。 
何処まで時間が飛んで行くかちょっと楽しみです。
あぁー。


2015年10月4日
「佇むひと」無事終了しました。 
観に来てくださった皆様、本当にありがとうございました。
いい雰囲気で始まり、いい雰囲気で終われたと思います。お客さんが、ものすごく集中して観てくださっているのが、手にとるように感じ取れました。
僕はやっと、登場人物みんなに身を委ねることができました。 
新生さん、岩城さん本当にありがとうございました。いいチームができました。また近いうちに「佇み」ましょう。 
来週は「羅生門「蜘蛛の糸」。そしていよいよ「月の船」です。震えますぜ。


2015年10月2日
いよいよ明日は「佇むひと」再演本番です。 
昨日はゲネプロとビデオ撮影。ちょびっと固い感じで終了です。 
今日は客席作りと自主稽古。 明日は、頑丈な気持ちで向かいたいと思います。
KAFのホコリとテップンとタマシイを味方にして!


2015年9月27日
明日はKAFで二度目の稽古です。 
一昨日の稽古では、なにがなんだか分からなくなったので、明日は冷静に冷静に。
やっぱりKAFにはすごい力があります。自分を客観的に見ながら、自分を丁寧に観察しながら進まないと、自分が蟻よりも小さな存在になってしまいます。そうして、プチっと潰れてしまいます。


2015年9月21日
今日は稽古場での稽古でした。
「佇むひと」はようやく、意識的に間(ま)がとれるようになってきました。間は、僕の命綱のひとつです。「どんだけ間とるんだよ」と言われるだけとりたいくらいです。


2015年9月20日
カレンダーをふと見ると、「佇むひと」の本番まで2週間近くあるのに、その本番、実は来週だというのに気がつきました。
慌てて稽古場で2回半通しました。 
「夜、あおむけにされて」と「刺青」もちょびっと不安だったので空で1回づつ。なんとか覚えてました。
10月、恐ろしい気配が漂ってますが、それでもふわふわ浮かんでたいと、今のところは思っております。


2015年9月17日
今日北川原より、「月の船」台詞覚え禁止令が出ました。ほんの少し脚本をいじりたいそうです。おかげさまで「佇むひと」に専念できます!!
 あれ? それで、いいの、かな…?


2015年9月16日
先日、アコーディオンの岩城里江子さんと、人形遣いの北井あけみさんのユニット『ラクマーヤ~水脈』を観てきました。 固唾をのんで観ているお客さんに、まず圧倒されました。「この雰囲気はいったい?」今もわかりません。でも、わからない事をそのままにしとくのも、悪くないような気がします。
北井さんが人形をいたわるように扱っていたのが、印象的でした。 
あと二週間ちょっとで、「佇むひと」再演です。
「月の船」の台詞覚えで、稽古が足りてないのが、とてもとても気がかりです。


2015年9月9日
今日は稽古場での稽古でした。 
「佇むひと」を丁寧目に通しました。7月にやった事を膨らませたいのに、ちょっと違う道にそれると、言葉が出なくなってしまいます。まだまだなのでしょう。 
「月の船」は、台詞を覚えるのは、いつもいつもしんどいのですが、今のところ結構楽しんでます。まあまあ、何時まで持つか、分かりませんが…。


2015年9月5日
今日、8年前の「月の船」のDVDをちらと横目で観ました。 とても下手くそでした。
やれやれ。


2015年9月2日
10月3日の「佇むひと」再演。 
10月10日、11日のサイタマ・ミューズフォーラムの「羅生門」「蜘蛛の糸」。 
10月23日から25日までの「月の船」。
 (場所はすべてKAWAGUCHI ART FACTORYです) 
この3つの大イベントに向けて、大事な準備の月が始まりました。先ずは「月の船」の台詞覚えです。これを書いてるだけでドキドキしてきました。
なので、台本開きます。


2015年8月26日
おかげさまで「羅生門」「蜘蛛の糸」無事に終えることが出来ました。
ご来場くださった皆さま、本当にありがとうございました。 
一生懸命に話を分かろうと、真剣に観ている子供たちの顔が印象的でした。
僕は、芥川龍之介の言葉の海に漂っていました。 
『どこよりも遠くへ、どこよりも深くへ旅をしたような気分です。』という、アンケートがありました。
「ああ、やって良かった!」心からそう思いました。


2015年8月23日
昨日は朗読者実行委員会の人達と栃木へ!
鯉を従えて乗った巴波(うずま)川の遊覧船は、船頭さんの唄も聞くこともできて圧巻でした。
 いよいよ明日は、地蔵院で仕込みとゲネです。
 昨日、英気を養ったおかげで気分は上々です。走り出したい気分です。でも、その分、稽古はさぼりましたが…。


2015年8月11日
久しぶりに稽古場での稽古。 
「羅生門」は老婆の側からやってみました。これは初めての試みでした。不思議にも老婆のいる時間がクリアになったような気がしました。なんとなく霧が晴れるような気分です。
 なんで去年やっとかなかったんだ!腹立たしい気分でもあります。


2015年8月9日
今回舞台の上には、芥川龍之介と僕の二人だけだ。
ふと、そう思ったら、なんかワクワクしてきました。


2015年8月5日
今日、芥川龍之介の晩年の作品を4、5本読み返しました。
「歯車」を一気読みしたのは初めてです。彼の苦悩の「日記」です。
 遺稿「闇中問答」最後の言葉
『僕(一人になる)芥川竜之介!芥川竜之介、お前の根をしっかりとおろせ。お前は風に吹かれている葦だ。空模様はいつなんどき変わるかも知れない。唯しっかり踏んばっていろ。それはお前自身の為だ。同時に又お前の子供たちの為だ。うぬ惚れるな。同時に卑屈にもなるな。これからお前はやり直すのだ』 
涙がでた。
僕は彼が亡くなった歳より、二十歳以上、年上になってしまっています。


2015年8月1日
「羅生門」の背景を見直すべきなのでしょう。 
荒んだ京都の状態や、下人の明日の俺はどうなるんだ?という切羽詰まった感情。老婆の死人の髪を抜いてでも生きぬこうとする強さ。
気づいた事を丁寧に作り直していけば、違う「羅生門」が建ち上がるのかもしれません。


2015年7月30日
昨日は朗読者実行委員会の人達と、今後の打ち合わせ(飲み会!)でした。「佇むひと」の再演の話で盛り上がり、今後の予定はどこへやら。
お酒のおかげで、僕は今日、佇んでおります。


2015年7月28日
昨日は饗宴ロウドクシャの次回の打ち合わせ(ただの飲み会のようでもあり)でした。なんとかこちらの企画も続けて行けそうなので安心しました。 「羅生門」「蜘蛛の糸」はヘタクソすぎます。 「佇むひと」は終わってまだ一週間なのに、もう出てこない言葉が何ヶ所かあります。 ……憂鬱です。


2015年7月26日
今日は図書館で「羅生門」「蜘蛛の糸」の作品論を4冊借りてきました。 
5回目の上演、何か新しいものを探り出せればと、小説よりも遥かに長い評論を読み始めます。


2015年7月24日
8月25日、新井宿の地蔵院で「羅生門」「蜘蛛の糸」を語ります。 
その日、僕の目の前にいるのは小学生です。
子供はちょっと苦手です。
子供の頃から苦手です。
しかしです。 
そこにいる彼ら、彼女らが、「あの日はなんか変な午後だったなあ」と、子供じゃなくなった時、思い返してくれればと、考えます。 
今日から稽古、開始です。


2015年7月21日
緊張の中、幕が開きました。 
「わたし」は家を出て公園に向かいます。岩城さんのアコーディオンが聞こえてきます。 「わたし」は犬柱に会い、初老の男と話をします。 公園を出て猫柱を発見。ここで新庄さんと絡みます。 郵便局員の人柱に郵便物を渡し、他人に見られると拙い立ち話をし、奥さんとの事に釘をさされます。 「わたし」は商店街に入ります。ここで前半終了。岩城さん、新庄さんのソロです。 後半、若い人柱の件りで「僕」は少し言葉をとばしてしまいます。 そして「わたし」は奥さんと会います。奥さんとの苦しい会話が続いていきます。 奥さんの今の状態を話そうとした時、「僕」の頭の中が真っ白になりました。何秒、いや何十秒だったでしょうか?やっとキッカケの言葉だけ絞り出しました。 なんとか体勢を立て直し(はなはだ怪しいですが)奥さんとの会話を続け、振り切るように「わたし」は奥さんと別れました。 幕も降りました。
言葉を自分の中に落としきれなかった。それが今回のすべてです。 
自分が人柱になってしまったような気がします。
偉そうな事を書いてきましたが、偉そうなだけで終わったような気もします。 
それでも偉そうに10月「月の船」の稽古 開始から書き始めたいと思います。 
新庄さん、岩城さんお疲れさまでした。また再演の時に!


2015年7月19日
いよいよ明日は本番です。 
今日のゲネプロにはスチールの加藤美和さんも駆けつけてくれ、いい作品をたくさん撮ってくれました。 
ゲネプロのあと、キャスト、スタッフの皆さんと、公民館の近くの飲み屋で打ち合わせ。と、しょうする、全体稽古の打ち上げです。やっと皆さんとゆっくり話せました。 
明日は楽しみましょう! 僕は「わたし」「初老の男」「郵便局員の人柱」そして「奥さん」に身を委ねたいと思います。
 きっと何かが生まれます!


2015年7月18日
今日は自主トレで言葉のチェック。その後、北川原と二人で冒頭の5行の稽古。 
《方針見つからず》 
どの作品も、あたまの何行かは必ず苦しみます。答えを持たないまま本番を迎えた事もあります。
まだ36時間はあります。最後まで、あがいていたいと思います。


2015年7月17日
今日は並木公民館の視聴覚室で、キャスト、スタッフ全員揃っての最後の稽古でした。
流れはなんとか掴めたようです。
明日一日、細部をチェックして弱い部分をやり直します。間違った言葉を話さないように。そのチェックも綿密に。
幸せな時間を迎えるための、最後の踏ん張りです。


2015年7月16日
今日は北川原との稽古です。
 この物語の真ん中にいるのは郵便局員の人柱だ! 郵便局員の人柱のキャラクターが決め手! 「わたし」と郵便局員の会話の不思議さが決め手! その方向“性”(あまり好きではない言葉)で進める事に。 ところが僕が一歩も進めず、明日、朝一の稽古に。
結構わくわくしてきました。


2015年7月15日
昨日は照明の岡野さん、音響の谷井さんに観てもらう為の通し稽古二回。
なんとなく引っかかりながら、喘ぎ喘ぎ最後までって感じでした。 
危機を感じた僕は、今日、並木公民館の講座室を借りて(実は、前館長が随分前に借りてくれていたのです。ありがとうございました。)6時間の一人稽古です。
喋っていて気持ちの悪いところを徹底的にやりました。
「さて、通してみるか」 と、思った時、廊下にお母さん達と子供達の声が長く長く響きわたりました。そしてとうとう、自分の声さえ聞こえなくなってしまいました。


2015年7月13日
今日は朝一回通して、その後衣装探しです。
まあ、そんな簡単にイメージ通りのものが見つかる訳もなく、とりあえず保留という事に。 
久しぶりに嫌な夢を何回も見ました。うなされて起きて、また寝て、また違う夢にうなされて起きて、寝て、また違う夢にうなされて起きます。オールナイトのホラー映画みたいです。そのためなのか今日は身体中が痛いです。 
今晩はぐっすり眠れる事を、僕は期待します。


2015年7月12日
目の前に、幸せそうに寝ている猫がいます。とても羨ましい。


2015年7月11日
今日は稽古場を借りて一人稽古です。 
佇むひとの世界を微妙に彷徨ってる自分が、とてもとても歯痒いです。
ポンと栓が抜けて、鳶みたいにピーヒョロロと天高く舞い上がりたいものでござりまする。


2015年7月10日
饗宴ロウドクシャ。お陰様で無事終了致しました。 
いらして下さった方々、本当にありがとうございました。 佇むひとはいよいよあと10日です。
追い込みます! あ、追い込まれてます。


2015年7月8日
いよいよ明日は「饗宴ロウドクシャ」本番です。きっと朝から緊張しています。 
がんばれがんばれ自分!


2015年7月7日
昨日は四度目の合同稽古でした。なかなか着地点が見つからず苦しんでます。茨の道です。早くウルトラC(こんな言葉まだあるのかなあ)を見せたいところです。 
19時からはエディトリーで9日「饗宴ロウドクシャ」のテクリハ。こちらは楽しくなりそうです。是非! 
そこで今日は「夜、あおむけにされて」の集中稽古。明日は千本ノック(この言葉もまだあるのかなあ)といきたいところです。


2015年7月5日
昨日は「羅生門」「蜘蛛の糸」を上演させて頂いた地蔵院さんの夏祭りに伺った為、佇むひとはお休みでした。 
今日は一発奮起と思いきや、なかなか集中できずツッカエツッカエの稽古です。こんな事ではいかんなあ。と、9日本番の「夜、あおむけにされて」も稽古。これも集中できずに言葉の出てこない所数カ所。
 ちょびっとパニックになってます。


2015年7月3日
今日は三回通してみました。 
「わたし」と奥さんのシーンが引っかかります。ウェットにしないようとしている分、何をしていいのか解らなくなっているんだと思います。
何をしていいのか解らなくなっているのが解っているのだから、もうすぐ解るだろうとタカを括ってみました。


2015年7月2日 
今日は、昨日の稽古で出鱈目だった言葉と、出てこなかった言葉のチェックです。本番でパニックにならない為にも、ここはきちんとです。 
本番で頭の中が真っ白になる事ほど悲しいものはありません。
僕を助けてくれる人は誰もいません。
時間がたてば笑い話になるかも知れません。
でも、それはただの稽古不足です。


2015年7月1日 
今日は三度目の全体稽古です。なんか上手く行きそうな気分でウキウキしながら酔っぱらって帰りました。
昔からの言葉です。油断大敵。


2015年6月30日25時
今日は、サイタマ・ミューズフォーラムの打ち合わせでした。
10月に製糸工場跡(今のところまだ予定です)で「羅生門「蜘蛛の糸」をやることになりました。(これは確定です)
 佇むひとは、北川原と稽古。ダメ出しの嵐で1ページも進まず、参考になるかと、DVD「1984」を観ましたが、物語がちょっとしんどく、観なきゃ良かったと思い、なんとなく、明日の三回目の全体稽古が、とても不安です。


2015年6月29日
頭からラストまで通すとヘロヘロになります。きっと脳の体力がなくなっているのでしょう。 
「アステカ・ナイト」(略)も、もうそこまで迫っています。歩き始めたマラソンランナーの気分です。


2015年6月28日
予定より一週間遅くなりましたが、なんとなく言葉が入ったようです。
ああ、もうテキストを持たなくてもいいんだ。と、思うと、役作りができてなくても、SF読みができてなくても、なんとなくウキウキします。ここがつかみどころなんです。この気分のいい時にできるだけ進むんです。
そうすれば小説の世界をくぐり抜けて、朗読者がやっと自分の言葉で語り始めることができるのです。


2015年6月27日
DVD「ピーター・ブルックの世界一受けたいお稽古」を観ました。 
俳優の夢がいっぱい詰まったワークショップのドキュメンタリーです。30年前に観たかった。
 今日はこの余韻に浸ります。


2015年6月26日
「北見隆さんの絵のイメージでやってみたらどう?」北川原がいいました。 
赤川次郎氏の三毛猫ホームズシリーズの表紙も描いてらっしゃる方です。首の長い人物が印象的な絵です。多分、僕の首が人より3センチくらい長いので、北川原はそう言ったのかも知れません。
藁にもすがる思いで、ネットから何点か引っ張り出し、見つめています。 綺麗です。 
今日はこの世界をあてはめて読んでみようと思います。


2015年6月25日
参考にならないものかと、藁にもすがる思いで「時計じかけのオレンジ」を観ました。
普通に面白くて、必死にのめり込んで観てしまい、藁の一本も見つけられませんでした。多分、今が正念場です。


2015年6月24日 
今日、一週間ぶりの全体稽古。
奈落の底へたたき落とされました。
以上です。


2015年6月23日
SF的な読み方が見つからず苦しんでおります。
 明日は皆さんと二度目の稽古です。 このままでは、何も稽古場に持っていけません。 
夕べのメモ書きに『女のひとが読んだらどんな感じになるかなあ』って書いてあります。
何を言っとるんだ僕は!


2015年6月22日
キャラクター作りがいまいち進みません。
いえ、これが出来ればほぼ完了なのです。そんなに甘くはありません。心の片隅で、サラッと、簡単に、手っ取り早く、なあんも考えずに、ガシガシといけるだろう。と思った僕は馬鹿でした。痛感しました。
 明日からちゃんと取り組みます。


2015年6月21日
「SFで読めばいいじゃない」 と、北川原が言いました。これもいいヒントになりました。
大きく物語を動かすにはこれくらいの大胆さが必要です。
「刺青」はちょっと上から目線で、「羅生門」は何かに腹を立ててる感じでやりました。お客さんには完全に伝わらなくても、そういう気持ちを持ってる事は大切だと思います。 さてSF。どうしましょうかねぇ。


2015年6月20日
今日は朗読者実行委員会の人達と千葉市美術館へ。 
「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画」の展覧会を観てきました。室町時代の山水画はすごかった。ドラッカーのコレクションは作者不詳なんてあたりまえ。有名無名関係なく魅きつけられました。ドラッカーは『日本の作家は空間をみて感じてから線を引き出す」と感想をのべていました。
 演じるヒントは日常にあります。


2015年6月19日
いつから犬柱猫柱人柱が立つようになったのか? それらが道ばたのあちこちに立っている異様な風景を想像しなければいけません。 
空は、僕たちのいる世界より低いかも知れないし、光は、濁った色をしてるかも知れないし、食糧事情にも少しふれている所があるので、大気汚染が進んでいるのかも知れません。 これもひとつのバックグラウンドです。
それらを空想するのは、今のところ楽しいです。


2015年6月18日
昨日の稽古とは打って変わって、今日はまた孤独な作業です。 
郵便ポスト代わりの人柱について。
彼は愛すべき人物(?)です。最初『俺に話しかけるな。俺も返事はしない』と言っていた彼は、いつの間にか饒舌に人柱からニンの木になっていく気持ちの移り変わりを語ります。奥さんを人柱にされた「わたし」に同情もしてくれます。でもその同情は、奥さんと自分は同じ立場なんだよ。という所から生まれる同情です。だから言葉付きはちょっと厳しいです。それでも「わたし」は心動かされます。最後に「わたし」は『何か、してほしいことはないか』と、彼に尋ねるのです。愛すべき人柱です。
彼のためにも、僕はきっちり演じなければいけません。
彼にはもうすぐ、平和な時間が訪れます。


2015年6月17日26時
今日は新庄さん、岩城さんとの初めての稽古。いきなり頭からラストまで通してみました。
僕は何度かくじけそうになりましたが、新庄さんと岩城さんは平気な顔でさらりと終えました。
彼女たちとは9年前からいつかご一緒できればと思っていました。共に雲に乗って下界を観たら楽しい人達です。傑作にします。
 ああ、また自分にプレッシャーをかけてしまいました。


2015年6月16日25時
「わたし」が公園で会う初老の男の目線で読んでみました。
彼はこんな世の中のせいで筆を折った元作家です。社会批判をして逮捕される自分を想像したりもしますが、結局安楽な人生を選んだ人です。そんな時代に「わたし」がものを書き続けていることを、羨んでもいます。犬柱の首筋を掻いてやったり頭を撫でてやったり。そうする事で彼は気持ちの整理をつけ、言葉を発します。とても寂しい人です。
明日は初めての稽古です。どういう展開になっていくのか楽しみです。
今は、アコーディオンの岩城里江子さんのCDを聴きながら黙読しています。


2015年6月15日
午前中を大事にしています。
それも朝ご飯の前。僕の頭はその時間いちばんクリアです。
今のところ。
「佇むひと」も午前中のほんの短い時間の出来事です。「わたし」は人生が少し歪むような濃い時間を生きています。
あ、僕の探してる歪みは、ここにありました。


2015年6月14日
「わたし」はちょっと油断すると、めそめそした性格になってしまいます。一刻も早くバックグラウンドを見つけなければ。 
この物語は、外に向かう劇的さはありません。心の内側に向かっていく劇的さです。男でいなければいけません。めそめそしていては、劇的なものは一切生まれないのです!


2015年6月13日
わたしと奥さんとの会話。 
会話の部分だけに限ってをみると、あまりに淡々としています。地の文のところで「わたし」の苦しさが描かれてはいます。でも、道路ぎわに植えられている奥さんを前に、こんなもんじゃないだろう。と、思うのです。 
奥さんが逮捕されてから植えられるまで、どの位の日数があったのかは分かりません。その何日かの間の二人の悲しみ、後悔や不安。緊張、嘔吐、震えが来る程の絶望。この小説には書かれていない、それらを想像する事でこの場面は成立するのでは、と思います。二人のバックグラウンドを探す事で、やっとこの作品を捉えられるのかもしれません。 
ちょっと自分にプレッシャーかけてみました。


2015年6月12日
いまのままではお客さんは確実に寝る!そう確信した僕はいま、途方に暮れています。 
打開策は知ってるんです。『ドキドキ、うきうき』やればいい!
簡単です。チョー簡単です。簡単過ぎてもう踊ってます。転んでます。
明日も楽しみです。 うおーっ!


2015年6月10日
「佇むひと」本番まであと40日。
北川原の演出と岩城さんの音楽と新生さんのダンスが入る稽古初日まで、あと1週間。 
そして今日6月10日は「時の記念日」。
 時間は大切にしましょう!


2015年6月9日
「佇むひと」の登場人物は皆、心根の優しい人ばかりです。金物屋のおかみさんまで親切です。毒がある人はいません。『あなた本当は性格悪いですよね』そんな人もいません。
厄介です。
ここは僕が歪むしかないかなあ。


2015年6月8日
役の人物の性格を一本の線路にのっけてはいけないのかもしれない。
石が置いてあると忽ち脱線です。
人間なんて一分一秒ごとに気が変わるものです。
列車の操車場のように、緻密に変化できればなあと思います。


2015年6月7日
「佇むひと」の佇むという言葉が急に気になりだし、スーパー大辞林でひいてみました。
『しばらくの間ある場所に立ったまま動かないでいる』と、ありました。
古語でひくと『しばらく立ち止まる。じっと立っている』と、ありました。
どちらも『しばらく』なのです。 
これは恐かった。『しばらく』すると、人から木になるからです。
 恐るべし筒井康隆。


2015年6月6日
暗い気分で郵便局員の人柱と別れ、駄菓子屋の前でニンになりかけた人柱と出会う。 このあたりの描写は、この小説の中で一番綺麗だと思います。
ニンになりかけている人柱の立ち姿は、今から飛び立とうとする大きな鳥を思わせる。でも彼の心はもはや植物の世界に沈み込んでいる。そこにはかわいそうとか、切ないとか、そういうものはいっさい感じない。きっと彼は平和の中にいる。


2015年6月5日
今日は一日中何をやっても進まない日。
冬ならこたつに入ってみかんでもって感じです。
でも初夏なので、星新一氏の「白い服の男」を読みました。筒井康隆氏がこれを読んで「佇むひと」を書いたのでは?という人もいるらしいです。
えっとー、接点は、人間の尊厳とは!!でしょうか。浅はか?


2015年6月4日
今日は一日中佇むひとです。一日中テキスト見てました。
だから先に進んだかと思いきや、そうでもなかったりします。只、わたしと人柱の会話。人柱が二本のニン(木偏に人)の木を紹介してるくだりで、突然、紹介をやめて「あんたは、このひっちを知ってるかね」と始まります。そして『片方のニンの木』『そっちのひと』『もう一本の方』『こっち側の木』『あのひとは』わたしと人柱は、ニンの木を「ひと」と、とらえたり「木」と、とらえたりします。
何故だ?なんだこれは?
長く考えてみてます。


2015年6月3日
今日は久しぶりに狂言の謡のお稽古でした。
佇むひとは午前中に終えてお稽古場へ。 大蔵教義先生の教え方は絶妙です。ちょっと言葉は違うかもしれないですが、こんな感じです。 
「その最後の一文字は、何かを包むみたいにふわっと置いてください。うまく説明出来ないですけど…。あと、やっぱり緩急ですね」
 わかりました。間違ってたら、すみません。それはきっと、ニュアンスですね。調子ですね。想像力ですね。リアリズムもですね。そして、ひとつの世界感ですね。 
ああ、早く上手になりたい!


2015年6月2日
今日はじっくりテキストを読む。 お客さんにきっちり物語を伝える事。出演者のうしろに作家が見える―と、お客さんに思わせる事。行間。行間。そして、行間。 めそめそした役作りは、なし。果てしなく男っぽく。 再確認の日でした。


2015年6月1日
昨日は「佇むひと」を上演する並木公民館にご挨拶。その後また飲んでしまったので、まったくテキストを開けませんでした。
もう、もう、間に合わないよ。
そう自分にいい聞かせ、今日は真面目にやりました。
一晩寝ないと言葉は頭に入らないので、何処まで覚えたか明日の朝が楽しみです。もちろん、なんにも入ってない事も当然あります。その時は反省して、自分の馬鹿さ加減に呆れる事にします。


2015年5月30日
今日は父親の納骨で朝から京都へ。
炎天下の中、お坊さんにお経をあげてもらいました。父親に自分が何もしてあげられなかった事を思うと、本当にしんどいです。 
父親が亡くなった、二ヵ月後に「朗読者 in KAWAGUCHI」が始まりました。 「佇むひと」は、僕の新たな始まりかも知れません。


2015年5月29日
イブから飲み続けていたので、昨日の誕生日は使い物にならない身体になっていました。
今日は気持ちを奮い立たせ、「蜘蛛の糸」「羅生門」「夜、あおむけにされて」を空でやってみました。問題なく頭の中に留まっていました。 
「佇むひと」は、猫柱が登場して去っていき、人柱が新たに登場したところです。この長いシーンをすぎれば、いよいよ奥さんとの会話が始まります。


2015年5月27日
昨日は神保町EDITORY7月9日「アステカ・ナイト」の打ち合わせ。 
EDITORYは昨年、まだ廃虚だった3Fのスペースで「夜、あおむけにされて」と「羅生門」「蜘蛛の糸」を上演させてもらった場所です。
今回は「アステカ・ナイト」と銘打ってアステカ王国の、とんでもない日常を再現します。あ、しようと思います。できるだけ。 そこで「夜、あおむけにされて」を上演します。 
この作品は、バイク事故をおこした『彼』が、病院のベッドでアステカ族の戦士に追われ続ける夢を見る。最後、夢の中で生け贄として殺される瞬間に「ベッドに寝ている時間が実は夢だったのだ」と、気づく。でも、読み解きかたはこれだけではないと思います。フリオ・コルタサル。一度読んでみてください!不思議な体験が出来ます。 
7月9日は、「佇むひと」の11日前。いくら何回も上演した作品とはいえ、それなりの準備は必要です。
僕は大丈夫なのかな。


2015年5月25日
今日は朝からゴルフ番組の番宣のナレーションをやってきました。 
佇むひと。私と初老の男との公園での会話。初老の男の所作に注目してみました。彼が何かを喋ろうとする時、必ず犬柱の体に触れる。そこに彼の気持ちの流れを読み取る事が出来るのかも知れない。
この遅すぎる発見!たいしたもんだ。 
―犬柱って?いやいや、もうすぐ猫柱、人柱も登場します。こうご期待!!


2015年5月24日
昨日は「川口一箱古本市」でした。
「朗読者in KAWAGUCHI」の宣伝もそこそこ出来たみたいです。一番びっくりしたのが、vol.1の「夜、あおむけにされて」を観ました。という女性がいたことです。それも作家がフリオ・コルタサルだから観に行きました。との事。コルタサルを知ってる人に会ったのは生まれて初めてでした。 
「佇むひと」は、なんとか5ページくらいは入ったような気がします。
毎日めくる日めくりカレンダーが、たまには後戻りしないかなあ。とかも思ったりしています。


2015年5月22日 
 佇んでしまいました…。


2015年5月21日
今日はナレーションの仕事が二本あったので一時間足らずしか本を開けませんでした。
仕事の一つはほぼ半年ぶりの「ワールドプロレスリング」やっぱり楽しかった!
5月23日(土曜日)深夜3時15分オンエアです。
明日はナレーションの仕事と、「川口一箱古本市」の準備、そのあと朗読者の実行委員会の会長と飲み会。
「佇むひと」は佇んで、我慢強く、僕を待ってくれてるでしょうか


2015年5月20日
基本的に言葉を覚えて本を持たずにやります。
えっとー、基本的にです。 
両手があいてると小道具を使えたりとか、何かと便利です。
それに、手のひらと指で表現(表現という言い方は好きじゃあないけど)をする事が出来ます。
それよりもなによりも、覚える作業は読み込む作業より読み込めると、今のところ考えています。
 今日から覚え始めました。 
なんとかひと月で覚えて、あとひと月で身体に落とし込みたいと思っています。
キャラクター作りも踏まえて。強敵です!!


2015年5月19日
「佇むひと」までそろそろ二か月です。 
その二か月の緊迫した心情を出来る限り書いておこうと思います。出来る限りです。
もちろん、まったく緊迫していないかもしれません。 
今までで(朗読者の中で)一番会話の多い作品です。五つのキャラクターを作り上げなければいけません。その作業がきっちり出来れば、半分は行ったかなって感じです。
まだ0ですが…。なんとなく明日からです。